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msc_kiroku2 2008-1-17 23:50
日程: 1月16日(土)?17日(日)
山域: 八ヶ岳
山行形態: 赤岳(ピストン)
メンバー及び役割: CL/記録 古屋

記録:
予定していた旭岳東稜はメンバーの体調不良等により中止。
先週の富士山の疲れも残っていたが、行ける時に行っておきたいという気持ちが強くせいのさんが山本さんと日帰りでアイスクライミングの予定をしていたようでそれに便乗しようとしましたが、都合が悪くなったという事でそれも中止。今期はつくづくアイスとは縁がない。というかやはり人を頼ってばかりではいけない。自分で山行を組み立てる力もつけなければならないと思う。
というわけで、木村さんが体調が良くなったらという条件で赤岳?硫黄岳の縦走か阿弥陀の北稜を急遽計画した。が結局木村さんの体調は戻らず単独となったため縦走で予定をたてた。

1月16日
 午前8時前、ゆっくり家を出発 諏訪南インターから美濃戸口へ向かう。美濃戸口着10時30分着。林道は雪多し。時間があるのでここで車を駐車し美濃戸へ向かう。駐車代も一日500円で美濃戸の半分。節約登山。歩いてもわすが50分。林道はガイド山行の団体様御一行が多く背中を見ればデイパック多し。11時30分、南沢から行者小屋への登山道に入るがこちらはすれ違う人も少なく静か。13時30分行者小屋着。テント4張り、思いのほか少ない。天候は若干の降雪、時折山頂が姿を見せるがどんよりした空模様で風も冷たい。テントを張りお茶を沸かした後、アイゼンの具合を確認するのと、次回のために阿弥陀北稜の取付き確認に行く。16時テントに戻るとテントは計9張りに増えていた。降りは強くないが降雪が増してくる。夕食は一人のためレトルト。持ってきたビールを飲みながらさっさと食べ19時半就寝。夜中寒さで何度も目が覚める。今期一番の寒さを感じた。

1月17日
 4時15分起床。が、なかなかシュラフから出られない。15分くらいウダウダしてテントから外を覗く。天気は良くない(暗いからよくわからないが間違いなく悪い)縦走は無理だなと勝手に決めつけ、ゆっくりラーメンをすすり6時に赤岳へ向け出発。昨日からの降雪は10cm位だろうか。 文三郎道の急登は以外きつい。少し登っては休みを入れる。高度を上げるに従い視界が悪くなり風も強さを増してくる。主稜の取り付きもまったく見ええず。6時半をになっても一向に明るくなってこない。ようやく中岳への分岐あたりで明るくなり始めたが視界は15メートル先も見えないほど。寒さと不安の中,山頂を目指す。7時30分山頂着。視界はさらに悪く10メートルあるかないか。この状況で単独での縦走は危険だと判断し、一酸化炭素中毒事故のあった展望荘への下りはあきらめそのまま文三郎道を下山。下山中ようやく他の登山者がぞろぞろ上がってくる。皆、鉱泉に宿泊していたんだろう。中には20人くらいの中高年の団体もいてガイドが一人。「ホンとに大丈夫ガイドさん」という感じ。その他、タイトロープにつながる人達とも多数すれ違う。ついでにカモシカとも遭遇。8時20分行者小屋。あまりにも時間が早くこれで撤収では来た甲斐がない。もしかしたら天気が回復するかもしれないとの期待も込め、下山にしか使ったことのない地蔵尾根をトレーニングのつもりで再び登る。がやはり樹林帯を抜けると天候は先程と変わらず。稜線まで出たがすぐさま下山。テントを撤収し11時に鉱泉から北沢を経由し美濃戸へ向かった。鉱泉で温度計を覗くと氷点下14度。稜線の寒さは半端ではなかっただろう。アイスキャンディーでは講習が行われていた。機会があれば受けてみようかなとも思った。13時20分美濃戸口着。またしても目的を達成できない山行となるが天候ばかりはどうにもならない。冬山に限った事ではないが今期は、「山はやはり自然相手の遊びなんだな」と、今更ながらつくづく思う。

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